










妖怪695・狸菩薩(神奈川・相模原市)
妖怪695・狸菩薩(神奈川・相模原市)
¥5,500
なら 手数料無料の 翌月払いでOK
【妖怪説明】
神奈川県相模原市中央区水郷田名に伝わる。
火の坂と狸菩薩が祀られる洞窟にまつわる話。
坂上のあばら屋に婆さんが一人で住み、綿糸を紡いで暮らしていた。
ある冬のこと、日が暮れると一匹の古狸がやってきて炉ばたでわがもの顔で暖をとっていた。婆が一人なので狸は甘く見て化けもしない。その狸の態度が婆はしゃくにさわっていた。そこで雪の降る晩にいつもよりほだ火をかっかと起こして待っていた。案の定、狸はやってきて炉ばたで股を広げて居眠りを始めたので、婆は十能(炭火を集めるスコップ)にいっぱい火をすくって狸の股間の一物に投げつけた。
狸は全身火だるまになって戸外にとびだしてそのまま坂の下までころげおち、そのまま息絶えてしまった。
それから月日が流れ、大正13年8月。
坂下の水車場に江成甚造が住んでいた。その女房のおもとさん(当時60歳)が盆勘定のかけ取りに回った帰り道、夕闇迫るころに火の坂をおりてくると、突然ばたりとぶっ倒れそのまま気絶してしまった。やがて気がつくも立ち上がれず、助けを呼ぼうにも人通りもない。昼でさえ薄暗いところなので、夜であっては暗黒世界で時々まわりの藪の中で狐か狸らしい物音ががさがさと聞こえてくる。
なんとも恐ろしく、ようようはいずり坂をおりて我が家へとたどり着いた。ほっとして寝ようとするも恐ろしさで寝れず、夜が明けても身体は綿のように疲れて骨節が痛んでどうにもならない。
医者に診てもらっても不明のため、妙法行者にご祈祷をしてもらうと2回目に狸の精霊が現れた。
「善哉善哉、この火の坂はわしが火だるまになって死んだが故についた名だ。わしは早く成仏したいために、いままでいく度かこの由を、坂の付近の関係者に知らせようとして、たたりを与えたが、人間どもはみな愚かものばかりで、少しも感づいてはくれなかった。思い返してみよ。坂上のどこそこでは生れつき馬鹿な子どもを生んだであろう、崖のふちのだれそれは坂普請で足をくじいたであろう。それらはみなわしを成仏させてくれぬ人間どもへの報復だったのだ。しかしそなただけはわしの願いをよく察し、行者に頼んでわしの霊魂をこの世に呼び出してくれた。ありがたいぞよ。嬉しいぞよ。そなたの体はすぐなおしてやる故、火の坂下に狸菩薩としてわしの霊を祀ってくれ。わしは火の坂の山の神なのだ。そなたの好意は決して無にはせぬぞ」
そこでおもとさんは甚造さんと相談し、その年の9月6日に狸菩薩の小祠を建立したのであった。
それからこのお狸さまは狸の変化にあやかりたいのか花柳界の姐さんたちや、狸のお腹にかけて子を望む婦人や、火傷や腫物への祈願などで大繁盛した。
あまりに毎日参拝者が多く通行者の迷惑になるので、甚造さんは洞窟を掘って祠を納めた。
遠方で毎日参拝にこれないものには絵馬を貸してやり、願いが叶った際は絵馬を2枚にして返させるのが習わしだったという。
「狸の精霊焼死の無念 小祠祀ればあやかりて」
【参考文献】
『相模原民話伝説集 増補改訂』座間美都治 96p
【商品説明】
直筆サインが入った1点ものの掛け軸です。
表装(絵柄)以外の部分も特殊加工の印刷により仕上げてあります。
すべて布製ですので耐久性に優れており、収納もしやすくなっています。
説明の短冊がつきます。(画像はサンプルです)
表装部の大きさ 幅30cm x 高さ60cm
【ギフトラッピングについて】
詳しくはこちらをご覧ください。
https://orochi.theshop.jp/blog/2021/01/09/155531
【Description】
One piece art work with autograph.
Special processing printing. Made of cloth. It has excellent durability and is easy to store. An explanation tag will be attached. (The image is a sample)
Size: W 30 cm x H 60 cm
#神奈川 #相模原 #狸 #水郷田名 #火の坂 #狸菩薩 #相模原の妖怪展
神奈川県相模原市中央区水郷田名に伝わる。
火の坂と狸菩薩が祀られる洞窟にまつわる話。
坂上のあばら屋に婆さんが一人で住み、綿糸を紡いで暮らしていた。
ある冬のこと、日が暮れると一匹の古狸がやってきて炉ばたでわがもの顔で暖をとっていた。婆が一人なので狸は甘く見て化けもしない。その狸の態度が婆はしゃくにさわっていた。そこで雪の降る晩にいつもよりほだ火をかっかと起こして待っていた。案の定、狸はやってきて炉ばたで股を広げて居眠りを始めたので、婆は十能(炭火を集めるスコップ)にいっぱい火をすくって狸の股間の一物に投げつけた。
狸は全身火だるまになって戸外にとびだしてそのまま坂の下までころげおち、そのまま息絶えてしまった。
それから月日が流れ、大正13年8月。
坂下の水車場に江成甚造が住んでいた。その女房のおもとさん(当時60歳)が盆勘定のかけ取りに回った帰り道、夕闇迫るころに火の坂をおりてくると、突然ばたりとぶっ倒れそのまま気絶してしまった。やがて気がつくも立ち上がれず、助けを呼ぼうにも人通りもない。昼でさえ薄暗いところなので、夜であっては暗黒世界で時々まわりの藪の中で狐か狸らしい物音ががさがさと聞こえてくる。
なんとも恐ろしく、ようようはいずり坂をおりて我が家へとたどり着いた。ほっとして寝ようとするも恐ろしさで寝れず、夜が明けても身体は綿のように疲れて骨節が痛んでどうにもならない。
医者に診てもらっても不明のため、妙法行者にご祈祷をしてもらうと2回目に狸の精霊が現れた。
「善哉善哉、この火の坂はわしが火だるまになって死んだが故についた名だ。わしは早く成仏したいために、いままでいく度かこの由を、坂の付近の関係者に知らせようとして、たたりを与えたが、人間どもはみな愚かものばかりで、少しも感づいてはくれなかった。思い返してみよ。坂上のどこそこでは生れつき馬鹿な子どもを生んだであろう、崖のふちのだれそれは坂普請で足をくじいたであろう。それらはみなわしを成仏させてくれぬ人間どもへの報復だったのだ。しかしそなただけはわしの願いをよく察し、行者に頼んでわしの霊魂をこの世に呼び出してくれた。ありがたいぞよ。嬉しいぞよ。そなたの体はすぐなおしてやる故、火の坂下に狸菩薩としてわしの霊を祀ってくれ。わしは火の坂の山の神なのだ。そなたの好意は決して無にはせぬぞ」
そこでおもとさんは甚造さんと相談し、その年の9月6日に狸菩薩の小祠を建立したのであった。
それからこのお狸さまは狸の変化にあやかりたいのか花柳界の姐さんたちや、狸のお腹にかけて子を望む婦人や、火傷や腫物への祈願などで大繁盛した。
あまりに毎日参拝者が多く通行者の迷惑になるので、甚造さんは洞窟を掘って祠を納めた。
遠方で毎日参拝にこれないものには絵馬を貸してやり、願いが叶った際は絵馬を2枚にして返させるのが習わしだったという。
「狸の精霊焼死の無念 小祠祀ればあやかりて」
【参考文献】
『相模原民話伝説集 増補改訂』座間美都治 96p
【商品説明】
直筆サインが入った1点ものの掛け軸です。
表装(絵柄)以外の部分も特殊加工の印刷により仕上げてあります。
すべて布製ですので耐久性に優れており、収納もしやすくなっています。
説明の短冊がつきます。(画像はサンプルです)
表装部の大きさ 幅30cm x 高さ60cm
【ギフトラッピングについて】
詳しくはこちらをご覧ください。
https://orochi.theshop.jp/blog/2021/01/09/155531
【Description】
One piece art work with autograph.
Special processing printing. Made of cloth. It has excellent durability and is easy to store. An explanation tag will be attached. (The image is a sample)
Size: W 30 cm x H 60 cm
#神奈川 #相模原 #狸 #水郷田名 #火の坂 #狸菩薩 #相模原の妖怪展
モノプリント掛け軸紹介動画
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